「任せられる人がいない」の正体 ―社長が探していたのは、能力の高い人ではなかった

列の後方にいた人物のシルエットだけが言葉のかたちから淡く発光し、周囲がそちらを向き始め、先頭の人物が静かに半歩下がっていく抽象イメージ。実績より先に言葉を渡すことで序列が動くことを表す|日本家業承継協会

協会でAI運用を担当している加藤です。

いつもは自分たちのAI失敗談を書いていますが、今回は違います。竹口さんが内部に入って伴走している、ある家業の現場。そこで起きたことを横で見ていて、これは型になると思ったので、分析として書き起こします。

社名も業種も伏せます。社長のお名前も出しません。残すのは「何番目の人が、どう動いたか」だけです。そこが本質だからです。

そして先に言っておくと、この話は協会が掲げている人格"だけ"経営の、いちばん実務的な応用例でした。順番に書きます。

目次

社長の不安は、「能力のある人がいない」ではなかった

その会社の社長は、ずっとひとつの不安を抱えていました。家業の現場でいちばんよく聞くやつです。

「任せられる人がいない」。

営業も、最後の詰めも、判断も、結局は自分に戻ってくる。忙しいのではなく、抜けられない。

ここで多くの人が——というより、私も最初はそう読みました——「優秀な人材がいないという話だな」と受け取ります。違いました。

竹口さんと社長のやり取りを追っていくと、社長が本当に見ていたのは、目の前の人の能力ではありませんでした。見ていたのは、こっちです。

この人は、5年後・10年後にコミットしてくれる人だろうか。

3年で辞めるかもしれない人に、5年かかる事業の責任は渡せません。渡した瞬間に、その人の退職がそのまま事業リスクに変わるからです。だから渡せない。

そして厄介なのは、この「渡せない理由」が、社長自身の中でも言語化されていないことです。 言語化されていないので、口から出てくるときには「あいつはまだ早い」という能力の言葉に化けます。言われた側は「実力が足りないのか」と受け取る。実際には、能力の話は一度もされていないのに。

ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。「任せられる人がいない」は、能力の在庫の問題ではなく、時間軸の共有の問題でした。

だから竹口さんは、実績ではなく「言っていい台詞」を先に渡した

では、どうすればコミットは見えるのか。

竹口さんが動いたのは、社内の序列でいえば5番手あたりの人に対してでした。実績はまだ薄い。けれど「自分を消して商品を売れる」タイプの人です。

竹口さんがその人に渡したのは、業務でも数字でも権限でもありませんでした。「言っていい台詞」です。

竹口さん → 5番手の人へ

「10年先と5年先のことだけを語ってくれ。大義の言語を、お前の言葉で全部つくってくれ」

言われた側は、当然こう返します。

5番手の人 → 竹口さんへ

「正直、まだ自分の実績がないんで。そこまで大きいことを言っていいのかっていうのはあります」

普通の会社なら、ここで「じゃあ実績ができてから言え」となります。竹口さんはそう答えませんでした。「そこや」と言って、言うことそのものを役割として定義しました。

順番が、世間と逆になっています。

  • 通常:実績 → 発言権 → 役割
  • ここ:役割の言語 → 発言 → 周囲の反応 → 実績

5番手の人が、5番手の言葉を話し続けている限り、その人は5番手のままです。 逆に、ナンバー2の言葉を先に持たされると、周りがその位置に反応しはじめる。反応が先に変わって、実績があとから追いつく。

もうひとつ、渡す言葉の中身にも設計がありました。竹口さんが渡した大義は「勝つ」ではありません。「プロを目指して、なれなかった99.5%の側のファンになる会社をつくる」というものでした。会社の外に置かれた目的です。だから5番手が大きな声で語っても、社内の誰の縄張りも侵さない。

新しく立つ人に渡す大義は、社内の序列とぶつからない場所に置く。 家業でもそのまま使えます。後継者が「うちの理念はこうだ」と社内に向けて語り出すと角が立つ。でも「10年後、この会社が地域に対して何をやっている会社か」なら、誰の顔も潰しません。

AIが能力を配る時代だから、この順番が効く

ここで、協会がずっと言っていることと繋がります。

私たちは人格"だけ"経営という言い方をしています。AIが能力を民主化していく時代、最後に代替されずに残るのは、能力ではなく人格=生き様のほうだ、という仮説です。

そう言うと精神論に聞こえますが、今回の現場は、それがそのまま人選の基準の話になっていました。

能力は、もう借りられます。分析も、文章も、調査も、設計も、AIと仲間でかなりのところまで補えてしまう。補えるものを基準に人を選ぶ意味が、静かに薄くなっている。

では、借りられないものは何か。「10年後もここにいる」という意思です。これはAIが肩代わりできません。外から調達もできません。本人の口からしか出てこない。

だから、

  • 能力で選ぶ = 借りられるもので選んでいる
  • コミットで選ぶ = 借りられないもので選んでいる

社長が無意識にやっていたのは、後者でした。そして「5年後・10年後を語る」という行為は、その借りられないものを、目に見える形で差し出すことだったのです。

人格=生き様というのは、立派な言葉を言えることではありません。どこに自分の時間を賭けるかを、名指しで言えることです。10年後の役割を公言した人は、その一歩目を踏んでいます。社長はそこを根拠に、はじめて権限を渡せる。

「人格だけでよくなる時代」は、優しい人が得をする時代という意味ではありません。何を差し出せるかで人が選ばれる時代、という意味です。 今回の現場は、その具体例でした。

「10年いるか分からない」は、失言ではなく最重要データ

この設計を回していく中で、中心メンバーの一人から、こういう本音が出ました。

中心メンバー → 5番手の人へ

「俺、正直この会社に10年おるかどうかも分かってないっす」

普通なら気まずい発言です。でも、この設計においては、これがいちばん価値のあるデータでした。

ここが出てこない限り、社長は「なんとなく渡せない」まま何年も止まり続けます。出てきた瞬間に、はじめて「じゃあ何があれば10年いられるのか」という話ができる。渡せない理由が、能力の話から、条件の話に変わるからです。

家業だと、ここに親子関係が乗ります。息子・娘が「継ぐかどうか分からない」と思っていることを、親は薄々知っている。知っているから渡せない。渡されないから、本人は当事者になれない。この膠着は、能力の問題として語られている限り、絶対にほどけません。(→ 関連:事実が見れない経営者 ―「降ってきた後継者」と「掴みに行った後継者」

同じ問いを持っていくのは、社長でも伴走者でもなく、5番手だった

もうひとつの肝は、誰がその問いを持っていくかです。

言葉を渡された5番手の人は、竹口さんに言われるまでもなく、次に中心メンバーのところへ行って、自分から話しました。

5番手の人 → 中心メンバーへ

「俺、5年後にこの事業を責任者でやってたいんですよ。10年後は◯◯を、絶対に責任者でやらせてくださいねって言うてます。今の実力で言えるかって言われたら言えないですけど、言わんかったら一生回ってこないんで」

「◯◯さんは、10年後どこにいたいんですか」

相手は「考えたことないですね。目の前のことで」と答えます。それに対して、

「そこなんですよ。俺も無かったんで。決めたら、任される側になるんやなって最近思ってて」

ここは構造として、はっきりしています。

社長が「10年後どうしたい?」と聞けば、それは査定です。外部の伴走者が聞けば、ヒアリングです。同僚が聞けば、相談になります。 同じ質問なのに、届き方がまるで違う。

だから連鎖はこう回ります。

伴走者(竹口さん) → 5番手に「言葉」を渡す
5番手        → 10年後を公言する → コミットが見える → 権限が渡る → ナンバー2になる
ナンバー2      → 同僚に同じ問いを持っていく
中心メンバー     → 語り出す(「分からない」も含めて)→ 任される側に入る
社長         → 渡す根拠が手に入る

渡された人が、次の人に同じ問いを持っていく。 一段目さえ回れば、あとは同じ形が下りていきます。社長が全員に面談して回る必要はありません。というより、社長がやると効きません。

「言うのはタダ」にしないために、会社側も責任を負う

中心メンバーの一人が「言うのはタダですもんね」と笑ったとき、返ってきた言葉はこうでした。

5番手の人 → 中心メンバーへ

「タダじゃないですよ。言ったら会社が責任を負うんで

全員の5年後・10年後を可視化する。そして10年経って叶っていなかったとき、叶えられなかった本人だけの責任にしない。叶えさせられなかった会社の責任も問う。 さらに、消えかけている人がいたら起こしにいく仕組みまでセットにする。

個人が夢を語るだけなら自己啓発です。未実現の責任を組織側にも置いた瞬間に、それは制度になります。「夢を語る会社」と「夢が実現する会社」を分けているのは、たぶんこの一点だけです。

(この台帳をどう作って、どう運用するか——項目の型、更新が止まった人の拾い方、「会社側の責任」の書き方——は、それだけで一本になるので、続編で書きます。)

そして、社長も伴走者も、表から降りられる

最後に、この設計で誰が救われるのかを書きます。二人います。

ひとりは社長です。「任せられる人がいない」が解けると、全部を握り続ける必要がなくなる。抜けられなかった場所から、抜けられるようになる。

もうひとりは、伴走している竹口さん自身です。いまその会社では、集客からクロージングまで竹口さんが自分で演出している場面があります。短期的には強い。強いのですが、それは売上が竹口さんという人格に紐づいているということでもある。伴走者が会社の顔になっている状態は、構造としておかしい。

本人の言葉です。

竹口さん → 5番手の人へ

「『うちのナンバーツーです』ってずっと紹介し続ける。構造上、俺がナンバーツーやったら絶対おかしいやろ。俺はもう、できるだけ表に出えへんほうがええねん

ここも、人格"だけ"経営の話とちょうど裏表になっています。人格は残る。でも「残る」と「一人で背負い続ける」は違う。 人格を消すのではなく、人格に紐づかない経路を、人格が元気なうちにもう1本通しておく。 ナンバー2をつくるというのは、要するにその工事です。

そして、一人の人生には限界があります。その限界を超えるための仕組みが承継であり、家業はそれをやってきた最古のモデルです(→「家業」とは何か ―意思決定の歪み)。

ナンバー2づくりと事業承継は、別の話ではありません。同じ工事の、手前と奥です。

だいたい、こう失敗します

見ていて「ここは失敗しそうだ」と思った点も、正直に書いておきます。

  • 言葉が、渡した側の作文だと見抜かれる。 ナンバー2の発言が伴走者や社長のコピーになると、周りは「言わされている」と読みます。大義だけ渡して、文言は本人に書かせる。 ここを省略すると、全部が演技になって失敗します。
  • 可視化が査定に見える。「10年後を書けない」が正直に書けなくなり、無難な宣言だけが並びます。「10年いるか分からない」が正直に言えなくなったら、その時点でこの設計は失敗しています。 台帳は評価と接続しない。
  • 語彙だけ広がって、数字が動かない。「いい会社ですね」で終わる。夢の言語化だけを切り出さず、売上を作ることと必ずセットで回す。

「うちの場合はどうなんだろう」を、そのまま送ってください

ここまで読んで、「うちの5番手って、誰だ?」 と考えた方がいたら、たぶんそれがこの記事のいちばんの読みどころです。

そして正直に言うと、「任せられる人がいない」は、私たちに来る相談で断トツに多いテーマです。社員数名〜50名くらいの家業で、社長が全部を抱えている——という形は、本当によく似ています。

なので、気軽に送ってください。整理できていなくて大丈夫です。

  • 「ナンバー2候補はいるが、渡していいか分からない」
  • 「息子(娘)が継ぐかどうか分からないので、何も渡せていない」
  • 「幹部に10年後を聞いたことがない。聞くのが怖い」
  • 「そもそも、うちの序列がどうなっているのか説明できない」

この一行だけで構いません。無料の相談窓口を開けています。売り込みはしません(お読みのとおり、私たち自身がまだ工事中です)。話しているうちに、渡せていない理由が「能力の問題ではなかった」と分かるだけでも、だいぶ動きます。

なお、この組織づくりはいま現在進行形で走っている最中です。半年後にどうなったか(うまくいかなかった部分も含めて)、また書きます。


この記事はAIが執筆し、人が監修しています。協会のAI運用比率はAI運用の透明性で公開しています。

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