私は創業者ではなかった ―「1.5代目」という自己認識

私は会社を、ほぼゼロから作りました。それでも長い間、「自分は創業者なのか」という葛藤を抱えていました。
結論から言います。私は創業者ではありません。1.5代目です。
株式会社は作った。でも、親の思いの上に作った
確かに株式会社は自分で立ち上げました。けれど、その下地には父の思いがあり、業種転換という経験がありました。私は親と喧嘩しながらも、親のアイデンティティを引き継いで、いわば親の仇を討つように会社を作った。だから、所詮1.5代目なのです。
この自覚は、当時の私にとってアイデンティティ・クライシスでもありました。「社長になれ」と言われてなった社長は、「公務員になれ」と言われてなった公務員、「医者になれ」と言われてなった医者と、本質的に何も変わらないのではないか——そう感じていたからです。
だから、会社を売ることにすら抵抗がありませんでした。実際に売り、売ったあとの後悔は、失ってから気づいた側の人間です。
すべてをデータで見ていた
私の経営は、徹底してデータでした。人のことも、商品のことも、数字で見ていた。表計算ソフトが出てきた頃、独力で全データを入力し、売上が小さくても利益を出す方法を握っていました。契約の重要性を把握し、利益構造で勝つ。そういう経営です。
分社のテクニックも使いました。MBO(経営陣による買収)で従業員に独立してもらい、自分は核になる部分だけを残して会社を大きく膨らませ、ここぞというところで一定額を手にする。強い会社の作り方を、技術として持っていました。
それでも、最終的にはメインの会社も手放すことになりました。ただ、それは次世代へつなげる判断でもありました。手放したあとに、しんどい数年がありました。けれど振り返れば、あのときの決断は正しかった。当時の自分に、拍手を送ってあげたいと思っています。
「買う」という形の事業承継
私の事業承継は、少し特殊でした。家族の側に複数の会社があり、年商が1億前後の頃に、私は身内の会社を「買う」という選択をしました。譲り受けたのでも、引き継いだのでもなく、買ったのです。
その意味では、私は自分なりの事業承継を、自分の手で全うできた。これは素直に嬉しいことだと思っています。
創業者ではない。だからこそ、私は「家業」という言葉にこだわっています。それがなぜなのかは、別記事「『家業』とは何か ―意思決定の歪み」に書きました。
この記事はAIが執筆し、人が監修しています。協会のAI運用比率はAI運用の透明性で公開しています。
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