私の家業承継――三代続く税理士家業のリアルストーリー

こんにちは。一般社団法人日本家業承継協会 理事の大沢 豪です。このコラムでは、私が実際に体験してきた“家業承継”のリアルを率直にお伝えします。私の場合は、祖父の代から続く「税理士業」を三代目として引き継いできました。祖父や母が築き上げてきた事務所を受け継ぐ立場として、家業ならではの葛藤や、同族経営で起こりがちな“親子・兄弟間の衝突”、さらに事務所の理念刷新や社員の育成など、多くのチャレンジを経験してきました。
家業承継というと、多額の負債を抱えたり、急な相続で揉めたりといったドラマチックなケースがまず想起されがちです。一方、私のところでは大きな問題こそなかったものの、親子・兄弟間の意見対立から「本気で事務所を出て行こう」と考えた時期もあります。
結局私は「三代目として事務所を守る」という道を選びましたが、そこにはたくさんの試行錯誤やコミュニケーションが不可欠だったと痛感しています。これから家業承継に臨む方や、今まさに悩んでいる方にとって、本稿が何らかのヒントや後押しになれば幸いです。
第一章 祖父が創業した「大沢会計」のはじまり
私の家業は、祖父が浅草・蔵前の地で創業した税理士事務所をルーツとしています。もともと祖父が“税理士”という国家資格を取得し、地域密着型の会計・税務サービスを提供していたのが始まりでした。私の母もまたその背中を見て育ち、やがて同じ税理士の道を選んでいます。
「家業承継」というと、不動産や工場、あるいは老舗の飲食店などを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、税理士業のような士業においても、実は“家業”的な面が強く存在します。とりわけ税理士というのは資格商売ですが、顧客との信頼関係や長年築いたネットワークそのものも重要な“財産”です。
祖父から母へのバトンタッチは自然な形で進んだようでした。税理士資格を持つ者同士が同じ事務所で働きながら、顧客を少しずつ共有しつつ“引き継ぎ”をしていく――まさに“家業”のように血縁を通じて引き継がれてきたわけです。
第二章 「家業を継ぐなんて、全然考えていなかった」
そうして二代目を務める母の姿を幼い頃から見ていた私ですが、「将来は税理士として家業を継ぐのが当たり前」と思ったことは、正直ありませんでした。むしろ幼少期の私は“母が仕事ばかりしていて、ほとんど家に帰ってこない”ことに寂しさを感じていました。
両親は私が3歳のときに離婚しており、私が物心ついたときには母と姉と私の3人暮らし。母はとにかく仕事に邁進する人で、保育園の迎えもいつも一番最後。家にいても電話が鳴りっぱなし。まるで“鉄の女”という表現がぴったりのような仕事人間でした。
それでも、母は忙しい中で野球少年だった私を日曜日の試合に連れていってくれたり、時には勉強を教えてくれたり、私なりに「母の背中」を感じることはできました。しかし、当時の私は「いつか自分が税理士になって、この事務所を継ぐんだ」なんて考えは持ち合わせていません。そもそも、反抗期になればなるほど、自由にやっていたい――そんな気持ちのほうが強かったのです。
第三章 母は“鉄の女” 私を奮い立たせた存在
母は“私以上に仕事が好きな人”でした。税理士業務に加え、さまざまなセミナーや勉強会にも参加し、時にはそこで得た知見を仕事に応用していたようです。そのため、家で顔を合わせる時間は本当に少なかったと記憶しています。
とはいえ、スポーツ少年だった私の試合はできるだけ見に来てくれたし、中学校に入って勉強で行き詰まったときには的確なアドバイスをくれました。結果的に成績は上がり、有名進学校も視野に入るほどに。しかし、その後再び成績が下降すると、母に当たるような形でギクシャクした関係が続きました。
当時は反発心も強く、自分の人生をどう切り拓くかなんて深く考えずに過ごしていました。母から見れば「何とか高校だけは出てほしい」という気持ちだったようですが、私は高校入学後わずか数ヶ月で中退。フリーター生活に突入します。働くことそのものは嫌いではなかったし、むしろアルバイトで稼ぐ日々を楽しんでいました。

第四章 高校中退・フリーター生活から税理士へ
そんな私も「このままではまずい」と感じる瞬間がやってきました。周囲の友人は大学に進学したり、正社員として就職していたりする。一方、私は定時制高校を出た後もフリーターのまま。20歳を超えてから将来への焦りが募りました。
そこで母が提示してきた条件が「簿記2級を取ること」。母の事務所で働きたいならスーツを着て“普通の仕事”をする準備として、最低限簿記2級は取れ――というわけです。最初は嫌々取り組んだのですが、簿記を学んでみると意外なほど面白い。そこから一気にのめり込み、簿記1級まで取得。さらには税理士試験にも挑戦するようになりました。
初めて「母がやっている世界」に飛び込んだ瞬間です。母の事務所でアルバイトとして働きながら、必死に勉強を続け、遅いスタートながら徐々に士業の道を歩み始めたのです。実際に事務所の現場を見てみると、母がいかに多くの経営者から頼られ、数字以上の悩みにも真摯に向き合っているかがわかりました。そこには「税理士って面白いかもしれない」と思える要素がたくさんあったのです。
第五章 母との衝突、そして姉との対立
母の事務所に入所して2年目から、私は担当先を少しずつ持つようになりました。それまで“フリーター上がり”の私は、とにかくがむしゃらに働き、勉強し、母に追いつこうと必死でした。しかし、母が持つキャリアは圧倒的。税理士としての知識も経験も、経営者としての度量も段違いです。
実は姉も先に税理士の資格を取り、同じ事務所で働いていました。姉にとっては母から「女性はそこまで前に出なくてもいい」と言われた経験があったようで、それが引き金となり「このままでは自分の成長が見込めない」と感じ、先に独立してしまいました。
一方の私はというと、ビジネススクール(グロービス経営大学院)にも通いながらMBAを取得し、より“経営”に寄り添う税理士になりたいと考えていたのです。母は母で実績もプライドもあり、事務所の経営方針をそう簡単には曲げられない。おまけに姉が抜けたあとは、母と私の価値観の違いがより鮮明になっていきました。
- 借金を嫌う母:「一切の借入は避けたい。拡大路線より安定経営を重視したい」
- 人材投資を重視したい私:「必要なときには融資も選択肢に。社員を増やし、プロとして育てていきたい」
この“経営観”のズレは、しばしば衝突の種になりました。事務所の環境をもっと改革したい気持ちと、母が大切にしてきた“やり方”や“事務所名(大沢会計)へのこだわり”とが交錯する日々。そんな状況に疲れ、「いっそ独立しよう」と考え始めたのもこの頃でした。
第六章 独立か、それとも家業を継ぐか――揺れ動いた想い
実際、私は母と何度も話し合いをし、最終的に「独立する」と一度は決めたことがあります。自分が新しく事務所を立ち上げれば、すべてを自分の方針で進められるからです。これまでの顧客の中にも「大沢 豪さんに任せたい」と言ってくださる方が一定数いてくださったので、現実的にも可能でした。
しかし、ちょうどその時期に四人目の子どもが生まれることがわかり、家族の今後を真剣に考えるようになりました。家庭のこと、母との関係性、引き継ぐ顧問先の有無など、あらゆる視点を天秤にかけた末に「やはり家業を継ごう」という決断に至ったのです。母も、私の家庭事情を踏まえて「もう一度一緒にやってみないか」と歩み寄ってくれました。
こうして独立の話は一旦白紙に戻り、「税理士法人大沢会計」という形で再スタートを切ることに。2015年4月1日には浜松町へ事務所を移転し、母の事務所を“組織として”更なる段階に押し上げる覚悟を固めたのです。実質的には「母と一緒に働く」というより、私が“代表”として看板を背負いながら引っ張っていくスタンスに近くなりました。

第七章 三代目としての覚悟と事務所の新体制
私が正式に代表に就任したのは2016年7月1日。そこから約8期にわたって、税理士法人大沢会計としての組織体制を築き上げてきました。大きな変化の一つは「母が長年担当してきた顧問先の引き継ぎ」です。母が72歳を超えた今でも現役で仕事を続けているとはいえ、少しずつ私が顔を出し、「私が代表を務めています」と挨拶に回る機会を増やしています。
もともと私の母は、経営者とじっくり向き合い、ヒアリング能力を武器にして信頼を勝ち取ってきたタイプです。私が思い描くのは「そこをさらに組織力として伸ばす」形。トップひとりが頑張ってお客さまを支えるのではなく、担当税理士やスタッフが皆“プロ”として経営者をサポートできる体制を目指しています。
- 経営理念の刷新
私が代表になってから、まず手をつけたのが“理念”の再構築です。母が長年実践してきた「顧客に寄り添う」というスピリットは引き継ぎつつ、組織全体として目指すビジョンを言語化しました。 - 評価制度の導入・数値化
社員一人ひとりに“プロ意識”を持ってもらうために、人事考課や評価基準を数値化し、透明性を高める取り組みを始めました。これは、どうしても「属人的」になりがちな士業事務所では珍しい試みかもしれません。 - 人財への先行投資
母は借入や融資を嫌う傾向が強かったのですが、私は「人こそが税理士事務所最大の資産」と考えています。必要なら融資を受けてでも優秀な人材を採用し、教育していきたい。もちろん母には抵抗感があり、しばしば衝突もありましたが、少しずつ私に任せてもらえる範囲が広がってきています。
第八章 “人”を育てる――社員がプロとして活躍できる場づくり
税理士事務所にとって、最大の価値は“人”にあります。担当者が辞めてしまえば顧客とのつながりが希薄になり、経営者からの信頼も損なわれかねません。
私が目指すのは、「社員が長く働きたいと思える職場であり、かつ社員一人ひとりが経営者と対等に話せるプロであること」です。代表である私よりも「担当者のほうが頼りになる」と言ってもらえるぐらいが理想だとさえ思っています。
しかし、組織が大きくなるほど「担当者が大手の税理士法人に転職してしまう」という問題も浮上します。せっかく育ってくれた社員が辞めていくのは本当に悔しく、歯がゆい。給与水準や福利厚生はもちろん、そもそも「この事務所で働くのが誇らしい」と思えるカルチャーづくりが欠かせないのだと痛感しています。
- 理念の共有
「なぜ私たちはこの仕事をしているのか」「なぜ同じ思いで顧客に向き合う必要があるのか」を、経営陣と社員が繰り返し対話し、腹落ちさせるようにしています。 - 給与・評価システムの見直し
働いた分だけ公正に評価し、スキルアップが給与に反映される仕組みをつくることで、モチベーションを維持できるようにしています。 - 学習・成長の機会の提供
社員が資格取得を目指す際のサポートや、経営セミナーへの参加を推奨し、必要があれば費用負担も検討しています。
こうした取り組みはまだ道半ばですが、「社員満足度を高め、かつ顧客からも頼られる事務所を目指す」という目標は、母とはまた違った形で私が掲げる“使命”だと感じています。

第九章 これから承継に臨む方々へ――外部支援・家族の対話の重要性
私のように「借金問題や不正といった劇的なトラブルは起きていないけれど、親子間・兄弟間の意見対立に悩んでいる」という方は意外に多いのではないでしょうか。士業に限らず、多くの中小企業・同族経営で起こりがちなことだと思います。
私が実感したのは、「承継は一人でできるものではない」という点です。とくに、先代経営者である母とは考え方が異なる部分が多々ありました。お互いプライドもあるし、経営方針に対する譲れないこだわりもあります。そんなとき、家族だけで話すと感情的になりがち。そこで、第三者や専門家、あるいは家業承継の経験者が間に入ってくれると、驚くほどコミュニケーションがスムーズになることがあります。
私は幸運にも、日本家業承継協会の竹口晋平さんや、他の経営者コミュニティの方々と交流する中で「親子間の想いをきちんと聞き取るファシリテーション」の大切さを学びました。先代が本当に譲りたくない部分はどこなのか。後継者が最も実現したいのは何なのか。外部支援者がうまく言語化してくれるだけで、家族の話し合いが“対立”から“問題解決”へと変わっていくのです。
これから承継に臨む方々には、以下のポイントをぜひ押さえていただきたいと思います。
- 先代経営者の“譲れない部分”を明確にする
社名なのか、事業のコンセプトなのか、あるいは借金しない経営なのか――何でも構いませんが、まずは「どこが本当に大事なのか」をはっきりさせると衝突が減ります。 - 後継者の“変えたい部分”を明確にする
経営理念の刷新、人材育成、事業拡大など、後継者が「新しく作りたい未来像」を具体化しておくと、外部の専門家もサポートしやすくなります。 - 第三者を交えて、定期的に対話する
親子や兄弟だけで話すと感情面が大きく揺さぶられがち。公正な立場の人がファシリテーターになれば、お互いの意見を冷静に整理できます。 - 家族とはいえ“ビジネス”として考える視点を持つ
家業は家族のものですが、同時に“会社”でもあります。個人の感情だけでなく、経営数字や組織の将来をデータに基づいて考えることで、意外な落としどころが見つかるはずです。 - 承継はゴールではなく、新しいスタート
家業承継は、“事業を守る”だけが目的ではありません。次世代が家業を進化・発展させ、より多くの雇用や価値を生む可能性を秘めているのです。
第十章 おわりに
私が三代目として「大沢会計」を受け継いでから数年が経ちました。母は相変わらず現役で税理士業務をこなし、私は代表として組織の拡大や人材育成に注力しています。姉は独立の道を選びましたが、今ではときどき情報交換をするくらいの距離感でつながっています。
「家業を継ぐ」というのは、時に負債や相続、人間関係など複雑な問題に直面するものです。ただ、借金や不正といった具体的な危機がなくても、親子・兄弟間の対立は意外と根深く、精神的な負担が大きいことも珍しくありません。そこを乗り越えるためには、外部の専門家や第三者の介入がとても有効です。
私自身は今、社員がプロとして活躍できる場を増やし、海外展開を視野に入れ、さらに組織を進化させるという夢を描いています。母や祖父から受け継いだ「大沢会計」という看板を守りながらも、時代に応じて変えるべきところは変えていく。そのバランスをとるのは簡単ではありませんが、だからこそ面白いのだと思います。
もし同じように家業をどうしようか迷っている方がいらっしゃれば、ぜひ一人で抱え込まずに動き出してください。家族と腹を割って話すだけでなく、外部の支援機関や専門家、経営者コミュニティも存分に活用しましょう。家業承継は「終わり」ではなく、新たな物語の「始まり」です。あなたの想いと周囲の力を結集すれば、きっと次の世代に誇れる事業を築いていけるはずです。
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