日本の家業承継の現状と課題

~「大承継時代」をどう乗り越えるか~
はじめに
日本には、数十年、時には百年以上にわたって地域や産業を支えてきた“家業”が数多く存在します。これらの家業は、単に一つの企業という枠を超えて、地域社会の雇用や伝統文化の継承に深く関わる重要な存在です。しかし今日、少子高齢化や人口減少が進むなかで、経営者の高齢化と後継者不足が深刻化し、「大承継時代」という言葉が取り沙汰されるほど、多くの企業・家業が転機を迎えています。
本コラムでは、公的機関が公表しているデータやガイドラインをもとに、日本の家業承継の実態や課題を整理し、いくつかの改善策を考えてみたいと思います。
1.家業承継とは何か
1-1.「家業」の定義と特性
「家業」という言葉には明確な法律上の定義があるわけではありませんが、一般的には創業者や血縁者が主体となって営む中小規模の事業を指すことが多いです。
- 伝統的・地域密着型の製造業、小売業、サービス業など
- 家族経営や親族経営が中心で、長年の知恵や技術が職人のように継承される
- 地域や取引先との「信用関係」を重視し、営業活動を行う
このような企業は、地域にとってなくてはならない存在である一方、事業継続を脅かすリスクの一つが経営者の交代(事業承継)です。特に、経営者が高齢化しているなかで後継者が不在、または引き継ぎ準備が整っていないとなると、廃業や休業に至るケースが増えています。
1-2.事業承継と家業承継の違い
「事業承継」という用語は、一般に中小企業全体の経営交代を指す際に使われます。一方、「家業承継」は事業承継の一部に包含されつつも、血縁関係や同族経営特有の文化・歴史的背景が大きく影響する点が特徴的です。
- 事業承継:後継者が親族外でもよい(M&Aや役員、社員への承継などを含む)
- 家業承継:血縁者、親族などを中心に、伝統や地域性を踏まえながら事業を引き継ぐ
経済産業省や中小企業庁の資料でも、後継者探しにおける課題と、親族への承継を前提とした課題では対処法が異なることが指摘されています。家業承継は「同族会社ならでは」の人間関係の難しさがある一方、長期的・安定的な経営体制を築きやすい利点もあるといえます。
2.日本の家業承継の現状
2-1.後継者不足が深刻化
中小企業庁が公表している『中小企業白書』(令和5年度版)によると、中小企業の半数以上で後継者が決まっていないとされるデータが示されています[1]。特に、家業として親族内で承継する場合に、
- 子どもが事業を継ぎたがらない(都市部への就職希望や事業内容への興味が薄い)
- 後継者候補が複数いて内紛が起きる(兄弟姉妹間や親族間で利害が衝突する)
- 技術やノウハウの“見える化”が進んでおらず、引き継ぎが難しい
といった課題が生じやすいと報告されています。
2-2.少子高齢化と経営者年齢の上昇
同じく『中小企業白書』の統計によれば、現役の中小企業経営者の平均年齢は年々上昇しており、60代以上の比率が高まりつつあります[2]。これにより、
- 健康上の理由で事業運営が困難になった際、すぐに承継できる体制がない
- 経営者が急逝した場合、一気に事業が不安定化する
といったリスクが高まっています。さらに、地域によっては若年人口の流出により、後継者となり得る人材そのものがいない状況が顕在化しています。
2-3.廃業リスクが地域経済へ与える影響
総務省統計局のデータから見ると、日本国内では年間数万社の中小企業が廃業に追い込まれており、その中には家業も含まれます[3]。家業が廃業すると、
- 地域の雇用が失われる
- 地場産業や伝統工芸の技術が断絶する
- 若者が地元に定着する機会を失う
といった負の連鎖が起きやすくなります。こうした状況が続けば、地域の活力そのものが大きく損なわれるリスクもあります。
3.家業承継がもたらす社会的意義
3-1.地域文化や伝統の継承
家業の中には、数十年~百年以上の歴史を持ち、地域固有の文化と密接に結びついている企業が多く存在します。これらの家業が承継されることで、
- 地域行事や祭礼を支える企業(例:和装関連、伝統工芸、地元飲食店等)
- 地元住民に生活基盤を提供するインフラ企業(例:小売店、地方鉄道など)
が継続し、地域のアイデンティティが保たれます。たとえ規模は小さくても、家業の存続は地域コミュニティ全体にとって重要な課題なのです。
3-2.雇用創出と人材の地域定着
従業員数が10名未満の零細企業であっても、そこに安定的な雇用があることは地域住民の生活を支える大きな柱となります。家業承継が成功すれば、事業の継続とともに雇用が維持され、地元で働きたい人が安心して働ける環境を提供できます。
- 特に、家族経営であってもパート・アルバイトや新卒社員を受け入れるところも多く、地域の若年層が都市部に流出せずに定着する一助となる。
- 承継後に新分野へ事業拡大や新規ビジネスを立ち上げるケースもあり、地域経済を活性化する可能性を秘めています。
3-3.事業再編やイノベーションの契機
後継者は、先代が築いてきたものを尊重しつつも、新しい経営手法やマーケティング戦略を取り入れられる“変革の推進役”になることが期待されます。
- デジタル技術の活用(ECサイト開設やSNSでの情報発信)
- 外部人材の登用(非親族の専門家を役員に迎えるなど)
- 新サービス開発や業態転換
を行うことで、企業がより強靭に生まれ変わるチャンスを得られるのです。

4.家業承継における主な課題
4-1.後継者育成不足
家業承継の現場では、「後継者の準備不足」が課題として頻繁に挙げられます。
- 経営ノウハウや財務知識が不足している
- 人事・労務管理、法律、税務などの専門知識を学ぶ機会が少ない
- 承継時期が具体的に決まらず、計画が先延ばしになってしまう
中小企業庁が策定した『事業承継ガイドライン』にも、早い段階から後継者候補に現場経験を積ませることの重要性が指摘されています[4]。
4-2.資金調達・税務上の負担
家業承継では、自社株式や不動産などの資産を相続・贈与する際の税負担が大きくなることがあります。とくに、
- 評価額の高い不動産や設備を保有する
- 事業が順調で株価が高騰している
場合には、相続税や贈与税が事業継続に影響を与えるほどの金額になる恐れも。
近年、事業承継税制の特例措置が拡充されていますが、その適用要件が複雑で、専門家のサポートが必須となるケースが少なくありません。
4-3.人間関係の複雑さ
同族経営は、「長期的視点」「連帯感」が生まれやすい反面、親子や兄弟間、親族との感情的対立が経営上の大きな障壁になることもあります。
- 経営方針をめぐって先代と衝突する
- 親族間の株式保有比率を調整できず、意思決定が滞る
- 親族以外の従業員との関係性も難しくなる
こうした問題は、企業の大小にかかわらず起こり得るため、組織ガバナンスの整備や外部のコンサルタント・カウンセラーを活用するなどの仕組みづくりが重要となります。
4-4.情報不足と専門家連携の遅れ
事業承継を進めるうえで、弁護士・税理士・金融機関・行政書士など、多様な専門家との連携が不可欠です。しかし、これらの専門家がどのように業務を分担し、どのタイミングで関わればよいかが分からず、
- 相談先が分からないまま手探りで進める
- 不十分な手続きや節税対策で後からトラブルになる
といったことがよく起こります。中小企業庁や各都道府県の「事業承継・引継ぎ支援センター」[5] などではワンストップ相談を受け付けていますが、家業経営者のなかにはその存在を知らない方も多いのが現状です。
5.家業承継を円滑に進めるためのポイント
5-1.早期の承継計画策定と後継者教育
「事業承継ガイドライン」では、事業承継準備には最低でも5年、理想を言えば10年単位で取り組むことが望ましいとされています[4]。
- 後継者候補を早期に確定し、経理・営業・生産管理などの部署をローテーションで経験させる
- 外部セミナーや研修に積極的に参加し、後継者同士のネットワークを築く
- 承継スケジュールや目標を明文化し、社内外に周知する
これらによって、後継者自身が経営の全体像を理解し、従業員や取引先からも信頼される立場を徐々に確立していくことが重要です。
5-2.専門家チームの活用
「何を、いつ、誰に」相談すればよいか明確にするためには、専門家チームを組成するのが効果的です。たとえば、
- 税理士(相続税・贈与税、事業承継税制の適用など)
- 弁護士(株主間契約や親族間トラブル、遺留分などの法的問題)
- 金融機関(承継資金の融資、経営計画策定の支援)
- コンサルタント(経営改善、新規事業展開、組織改革)
各専門家が連携して関わることで、抜け漏れを防ぎ、必要に応じて適切なタイミングで手続きを進められます。国や自治体が運営する無料相談窓口や、商工会議所などでも専門家派遣を行っているケースがあるので活用を検討すべきでしょう。
5-3.コミュニケーションの「見える化」
家業ならではの難しさは、親子・親族間でのコミュニケーション不全から生まれることが多いです。
- 定期的な家族会議を設定し、経営方針や財務状況を共有する
- 意思決定プロセスを第三者(弁護士やコンサルタント)を交えて客観的に議論する
- 「これは感情論」「これは経営戦略上の話」と区分して議論するスキルを身につける
など、合意形成の方法をあらかじめルール化しておくことが、トラブル防止につながります。
5-4.「承継後のビジョン」を明確に描く
承継の成功とは、単に所有と経営の座を引き継ぐだけでなく、「その後の10年、20年をどう発展させるか」というビジョンが明確に描かれ、後継者がそれに向けて動き出すことです。先代と後継者が一緒に、
- 会社の存在意義(ミッション)や目指す姿(ビジョン)
- 現在の課題と優先順位
- 新規事業やデジタル化などの成長戦略
を整理し、共通認識を持つことで、従業員や取引先も安心して次世代の経営をサポートできるようになります。
6.各種支援制度・活用できる情報源
6-1.中小企業庁「事業承継ガイドライン」
経済産業省 中小企業庁が公開している「事業承継ガイドライン」は、親族内承継・親族外承継の両面で準備が必要な事項を整理しており、具体的なステップを踏んだ解説が充実しています[4]。
- 承継計画の作り方
- 税制の活用例
- 専門家連携のポイント
などが網羅されており、家業承継を考える方にも大いに参考になります。
6-2.各都道府県の「事業承継・引継ぎ支援センター」
全国の都道府県に設置されており、無料で相談できる公的窓口です[5]。
- 親族内承継からM&Aまで対応可能
- 弁護士・会計士・税理士などの専門家を紹介
- 個別事情に合わせたコーディネートを提供
家業の承継においても、まずはこうした支援センターで基本的な情報や具体的な支援策の存在を知ると、スムーズに進められるケースが多いです。
6-3.商工会議所・金融機関の相談窓口
地域の商工会議所や地方銀行・信用金庫なども、事業承継の相談に応じています。家業の場合、長年その金融機関から融資を受けていることが多く、
- 経営状況や事業特性をすでに把握しているため相談が早い
- 課題に応じて専門家を斡旋してもらえる
メリットがあります。とくに地域金融機関は地元経済の維持・活性化に熱心なケースが多く、積極的に協力してくれることも期待できます。
7.おわりに:家業承継は「未来へのバトン」
日本では、2025年までに約245万社の中小企業が廃業リスクに直面すると試算されているとも言われ[6]、それが地域社会や日本経済全体に与える影響は甚大です。その一方で、家業承継が円滑に進んでさえいれば、
- 長きにわたる伝統やノウハウ
- 地域に根ざした信頼関係やネットワーク
- 後継者による新しい発想・イノベーション
といった強みを活かし、持続可能な事業として大きく成長できるポテンシャルがあります。家業承継は決して「時代遅れの慣習」ではなく、次世代に向けてビジョンをアップデートしていく「未来へのバトン」です。
本コラムで紹介したように、後継者の育成や専門家連携、税制や助成制度の活用など、やるべきことは多岐にわたります。しかし、これらを計画的に進めることで家業の未来は大きく拓けます。
- 国や自治体による支援策を活用しつつ、
- 社内外の協力やコミュニケーションを工夫し、
- 承継後のビジョンを見据えて着実に準備を進める
ことこそが、廃業リスクを回避し、地域とともに成長し続ける企業へと生まれ変わるための鍵になるはずです。
参考文献・出典
[1] 中小企業庁『2023年版 中小企業白書』
[2] 中小企業庁『2021年版 中小企業白書』p.28-31
[3] 総務省統計局「事業所・企業統計調査」(令和元年)
[4] 経済産業省 中小企業庁「事業承継ガイドライン」(令和元年度改訂版)
[5] 各都道府県「事業承継・引継ぎ支援センター」公式サイト
[6] 中小企業庁「事業承継5ヶ年計画」(2020-2025年)より推計値
-
URLをコピーしました!